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カウンター越しから

by Takapi

カタカタカタ… 小気味いい音がカウンター越しに響いてくる。ボウルの中で卵がかき混ぜられてる音が、次に出される料理の期待を煽ってくる。

そのリズミカルな音を聞きながらふと、子どもの頃ダイニングテーブルに座りながら、母親が料理をしている小気味良い音と手際のいい背中を思い出した。

ここは代々木八幡から徒歩10分程度のところにある和食屋「emma」。
若い女将さんが一人で切り盛りするこちらのお店は、1年前にアパートの一室を改装してスタートした。

カウンター席10席のみのお店。カウンターに並べられたおばんざいを眺めるだけで思わず手が伸びてしまうような気持ちになる。お腹が空いてきた。

僕の隣の席には50を手前にしたサラリーマンが2人。クールビズという「ゆるくなれ」の号令に乗り遅れたように、ワイシャツにスーツのパンツという格好で、会話もほどほどに、COEDOビールを飲みながら目の前の食事に一目散に箸をつけている。

さらにその横には20代後半のカップル。静かな雰囲気で完全に和んでいるのが椅子の座り方と表情でわかる。にこやかな会話を楽しみながら時折女将さんと2、3会話を交わす。
どうやら常連さんらしい。

女将さん。
女将さんと呼ぶにはすごく若い店主(店名の通り江間さんという)は一人でこの場所を切り盛りしている。
料理からドリンク、接客から会計まですべてをひとりでこなしている。

女将さんの料理に向かう真剣な表情と、お客さんと会話するときの打ち解けた表情、まるで真反対の表情が数分置きに現れては消える、そんな姿を見るともなく見ていて「ていねいな人だ」と思う。

「ていねい」という言葉は巷に溢れている。「ていねいに生きる」「ていねいな暮らし」など、言葉ひとつで大義名分を背負っているかのように僕らの生活に突き付ける。「ていねいに生きよ」と。

でもたぶん、本来「ていねい」とはそんなに大袈裟なことではなくて、ひとつひとつ、ひとりひとりに実直に向き合うこと、それだけなんだということに、女将さんの所作から気付かされる。

 実は僕がこのお店に来るのは半年ぶり。そして2度目だ。

半年前になかった木の扉を引き店内に足を踏み入れるなり「雰囲気変わりました?」と女将さんは言う。「ほら。この間はニット帽被ってたから。」

居心地の良い場所の条件のひとつに、旧い知り合いに会いにきたような落ち着きを感じるような心地にさせる、というのがある。ここにはそんな空気がある。というか先の一言で完全に「ただいま」と口に出してしまうほどの居心地の良さを感じてしまった。

女将さんは自分は運が良いという。続けて「前にテレビで取り上げられたことがあって。その直後は結構てんやわんやだったんですけどね。しばらくすると来るお客さんは限られてきて。でもその限られたお客さんがまた新しい方を連れてきてくれるんですよね。」とはにかむ。

なるほどな、と思った。
誰かに会わせたい人を選ぶときほど自分が「大切にしたい人」だったりする。
お店もまったく同じで、自分が本当に特別だと思うお店ほど連れてきたい人を選ぶ。
そして大抵思い浮かぶ人自体、自分にとっては特別な人だ。

そういう場所は小さくとも続いていく。特別が特別を呼び、次から次へと「心地いい人」を運んでくる。

さて、次は誰を連れていこう、とほろ酔いの帰途の中思う。その感じもまた楽しい。

こんな楽しみを持てる場所をこれからも大切にしていきたいし、そういう場所を大切だと思う人が周りに増えてほしいな、とも。

それではまた、明日から。

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