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やり方とあり方と箱

by Takapi

「あり方」とは端的に言えば「ビジョン」であり、プロジェクトなり組織の社会的な「ゴール」のことだ。
そして「やり方」とは達成するための具体的な方法のことであり、それはすなわちいかに経済を回すか、ということでもある。

「やり方よりもあり方を語れ」
これはいろんなところで語られていることだ。でも最近僕が感じるのは「あり方」は語るだけでは伝わらないということ。

先日とある会社のオフィスにお邪魔して新しい取組について打ち合わせをした。
その際に感じたことは、オフィスの内装、オフィス内のスペースの作り方や機能、スタッフの雰囲気、スタッフの役割まで、徹頭徹尾「あり方」を伝えるデザインになっていたことだ。
そして商談を終え、会社を出た時には「ここで働いている人たちと一緒に仕事がしたい」という思いに変わっていた。

先日とある会社の方がこれからのうちのプロジェストの仕掛けを提案するために弊社を訪れた。
会議室で話をし、ある程度次の算段がつきまた改めて、という落とし所ができ、お見送りをするときに、その方が社内の雰囲気を見て少し表情が曇っていたのが気になった。

後に連絡をもらった時、開口一番にでてきた言葉が「重たいね」だった。
雰囲気が重いのか、僕の腰が重いのか、その時は判然としなかったが、言われた時に「あぁ。分かってしまうんだな」という敗北感にも似た思いが湧き、思わず苦笑を漏らした。そしてその方からの連絡は疎遠になった。

いかに巧妙な「やり方」を提示できたとしても、いかに「あり方」を熱く語れたとしても、そこにまとう全体の雰囲気が後押しをしてくれなければ協力者は仰げない、ということが最近本当に実感とともに痛感するようになった。

「あり方」を伝えるのは言葉だけではない。いやむしろ言葉以上にその場の雰囲気、人の態度、表情がものを言うように思う。
そして人はその場の雰囲気で気分が変わり、そして残念ながらそこでの気分が人の気持ちややる気を形成していく。

「やり方」を追求することは時として人を視野狭窄にし、近視眼的な結論へと導く。
根っこにある「あり方」を常に交換できていればいいのだけれど、なかなかそれは難しい。
ちょっとしたストレスや負荷であっという間に「あり方」は目の前から消失してしまうからだ。

そうなのであれば「あり方」を感じられる場所をまず作ることからなのではないか。
「あり方」を交換していくために必要な場づくり、雰囲気づくりこそが「やり方」を洗練させていく。

さらに言えば「あり方」を打ち出している場所は人を呼び込む力がある。反対に「やり方」は利害関係が伴うからそこから人を遠ざけてしまう。

「あり方」が人を呼ぶ。
人が集まればアイデアが集まる。
アイデアが集まれば「やり方」がひとつ見つかる可能性が拡がる。そしてそれは共鳴した人同士で「シェア」することができる。

もうひとつだけ。
企業の中であっても、違う視座のプロジェクトが存在するのであれば、もはや「同じ箱」に一緒にいる必要はないと思う。
いや、むしろそれが弊害となるケースの方が多い。

大きな「一つの箱」では外の人は集められない。

箱を出よう、箱を作ろう。
しばらくは呪文のように唱え続けることにします。

それではまた、明日から。




Takapi
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