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逸らさない、こなさない

by Takapi

「すごく人当たりは良かったんですけど、本音ではないと明らかに分かるリアクションをされて一気に引いていったんです。」

とある飲みの席で「もう会いたくない」と思ったエピソードを聞いた。

その人は続けて「不思議なんですけど、もう会いたくないと思うほど口からは“またお会いしたいです”とその人に懐くような言葉を投げかけてるんです」と首を傾げながら話してくれた。

その話を聞いて数日経って思ったのが

ということで。

人と接する時、経験則や憶測やらを動員して、この反応をしておけば相手は喜ぶだろう、もしくはこの場を「しのげるだろう」というリアクションをしてしまうことがある。慣れるほど脊髄反射的にそうゆうリアクションをしてしまう。

それでもコミュニケーションを「こなす人」、相手の言葉を「逸らす人」は対面している時から相手は分かってしまう。
だからそういう人と接するとこちら側も逸らすこと、こなすことで対応してしまう。

逆に逸らさない人、こなさない人には不思議とまた会って話を聞きたくなる。
それがどういう人かうまく表現できなくて心苦しいけれど僕の知り合いの中にも何人かそういう人はいる。

そういう人達の顔を(脳内で)並べてひとつだけ、逸らさない人、こなさない人に共通するものがあることがわかった。
それは「間が曖昧」であるということ。

逸らさない人、こなさない人は、相手の言葉を受けて自問自答しながら言葉を探し発する。

だから「間」がいつも違う。
ものすごく待たされることもあれば被せるように返してくることもある。

そんなやりとりの中で生まれる「間の曖昧さ」がその人を「逸らさない人」「こなさない人」たらしめているようだ(あくまでひとつの見解だけど)。

さらに言えば、いついかなる時も逸らさずこなさず対峙している人にいつの間にか人は集まっていくような気がします。

それではまた、明日から。

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Takapi
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