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自分に過保護になれる条件

by Takapi

先日テレビで明石家さんまさんが話していたことが素晴らしかったので今日はそのことについて。

それはこんな感じの会話だ。
若手芸人さんがテレビの収録後、自分の出来の悪さに落ち込んでしまうという話を受けて、さんまさんはすかさず
「俺、もうそういう時期は過ぎたの。辛いじゃないそれ。だからとにかく終わった直後はよくやったって褒めてやるの。笑いに過保護になるの。(本当は関西弁で)」
と返して間髪開けずに続けた言葉に深く感動したのだ。

「でも自分の出たテレビは必ず録画してその後見るの。で、テレビを見ながらその場で自分が番組をやっているつもりでツッコミを入れたり間をとったりしてみる。それでテレビ越しの自分と合っていたらうまくいったと思うようにしてる(本当は関西弁で)」

ここにトップで走り続けられる人とそうでない人の違いがあるんだと思った。

徹底的に準備すること

「過保護になる」とさんまさんは言っている。それはつまり、ひとつ仕事を終えたなら、ますば手放しで一旦は「オーケーとする」ということだろう。

でもこれは本当に難しい。
どんな仕事も必ずと言っていいほど課題や失敗が付きまとうから。

そして「なぜあれができなかったんだ」と自身を叱責しては「でもしょうがないか」とフォローを入れたりと、「自己内反省会」を行うことになる。その時間が実は一番もったいないし無駄だということを、わかっていても僕らはやってしまうのだ。

さんまさんの話を聞いて、その無駄な時間を過ごさないようにできることがひとつだけあることに気付いた。

それは準備を徹底的にすること。

準備をすれば完璧にできるようになるからということではない。準備をし切った後であれば、それがどんな結果を生むにせよ、「今出せるベストだ」と断言ができるからだ。

さんまさんが常日頃から行っている、テレビ越しの「振り返り」こそが、次のステージまでの準備であり、そのルーティンだけが仕事に対して「過保護」にさせることができるのだ。

過信が落ち込ませる

さんまさんは、違う番組でこうも言っていた。

「落ち込む奴ってのは過信してるんだよ。自分が何者かになれるかもしれないって(本当は関西弁で)。」

この発言も先程の話に通じる。
与えられたステージに対して準備を徹底的に行うことはつまり、与えられたステージが常に「自身の頂点」であることと同義だ。

それ以上を今の自分は持っていないのだから下手に自分に期待をかけて「もっとできる」と思い込むことをしない。結果に対して悔いもしない。「落ち込まない」でいられるのは、今がベストだと認めるだけの準備をしてきた人だけに与えられるものだ。

と、偉そうなことを言ってますが僕自身全くできていないこと。
人の前に出てる人からは本当に学ぶことが多いなぁ。

それではまた、明日から。

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