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「また来ます」と言う場所をなんと呼ぼう~秩父「パリ―食堂」に寄せて~

by Takapi
その人に、古くからゆかりの深い所。生まれ(育っ)た土地や以前に住み、またはなじんでいた場所。
google検索「故郷」

googleで「故郷(ふるさと)」と検索すればこう教えてくれる。

なるほど。

では果たして、故郷(ふるさと)は誰かにとって、「ある」ものなのか、「もつ」ものなのか。

秩父「パリ―食堂」で過ごした30分間

2017年3月20日。

とある取組に参加するため、秩父に行ってきた。
その取組とは、Uターンした若い人たちが「秩父をどう盛り上げるのか」を話し合うというもの。
僕は秩父出身でもないが「ソトモノ」として参加させていただいていた。

19時半、ワークショップが終わり、一旦自由行動ということになり、僕は昔ながらの食堂や喫茶店に行きたいという熱が抑えられず、ひとり秩父神社の表参道を歩くことにした。

通り過ぎるお店を眺めながら10分程度歩いたところで「パリ―食堂」に出会った。

ここは秩父神社前から表参道を5分程度歩いた場所にあって、(後で調べて分かったのだが)登録有形文化財に指定された建造物でもある。

この登録制度は,近年の国土開発や都市計画の進展,生活様式の変化等により,社会的評価を受けるまもなく消滅の危機に晒されている多種多様かつ大量の近代等の文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたものです。
文化庁「登録有形文化財(建造物)」

灰色の古い洋館のような壁は、なんとなく金沢の「レストラン自由軒」を彷彿とさせる。
暖簾の色味もフォントも可愛いし、ガラスショーケースの料理ディスプレイもどこか懐かしい。

ガラス戸に左手をかけ、右手で暖簾を払う。
暖簾の布が案外しっかりしていて重たい。
それがなぜだか少しだけ安心させた。

扉を開け中を見渡す。
比較的明るい店内に、4人掛けのテーブルが6つ程度。
お店の中央には使い古したストーブが置いている。
入口正面のレジ(というか会計する場所)の後ろにピンク色のカーテンの仕切りがあり、その先が厨房であることがなんとなくわかる。

レジから右に2メートルほど目を移せば、ラブホテルのカギを渡す口を思い出させる給仕口があり、銀色の盆がその口に置いてある。

お客さんは僕一人のようだ。
店内の一番奥に立てかけられた液晶テレビがエンタメ番組を流していて、ただそれだけが音を発している。

「こんばんは。」
「…。」

やってないのか。
いやしかしまだ19時半だ。
もう一度声をかけてみる。

「こんばんは。」

ピンクのカーテンの奥で椅子を引くような音がした。
誰かが立ち、こちらに向かってくることが分かる。
よかった。ちゃんとやっているようだ、と安心した矢先に

「にゃー」

にゃー?猫?
「なぜ?」という疑問がもたげてきたと同時に白黒の縞模様の猫が一匹、ピンクのカーテンの隙間から出てきた。

混乱する頭で猫を眺めていると、遅れて5秒程度してから

「あぁ。いらっしゃい」

白髪混じりの長い髭をはやした、やせぎすの、それでいて柔らかい物腰のおじいちゃんがゆっくり出てきた。

「やってますよね?」
「はい。大丈夫ですよ。」

ストーブ横の席に座り、メニューを眺め、ほぼ反射的にオムライスと黒ラベルの大瓶を頼む。

ラーメンとかカレーとかハヤシライスとかかつ丼などがあったのだが、脊髄反射的に、オムライス以外ありえないと思ってしまった。

「はい。しばらくお待ちを」

そう言っておじいさんはビールとコップを僕に渡し、裏に(つまり厨房)回った。

入るなり響くまな板を包丁が叩く音。
物腰の柔らかさとは相反して料理の手際は良い。
熟練された立ち振る舞いを、まな板の音のリズムから感じる。

ビールを飲みながら店内を見回す。
テレビに紹介された時の写真が飾られていたり(誰だったっけ?)、古い漫画本や使われていないビールサーバーなどが窓枠に置いてあった。

テレビの中では、林修がいつもの唇で、いつもの口調で、ひな壇の芸能人たちに「世界の動物」についてうんちくを垂れている。

テレビが映す「今」とこの場所の「今」の時間の粒度というか早さというか、なんだかそんなチグハグな感じが少しだけ落ち着かなくさせる。

ふとテレビから目を逸らし厨房の方に目を向けると視界の片隅に動くものがあった。

猫だ。

どうやらいつの間にか、僕の近くまで来ていたらしい。
寒かったのか、ゆっくりとストーブの脇を回る。
そして慣れた様子でストーブそばの椅子に飛び乗った。

その愛くるしさに、先ほどまで感じた落ち着きのなさが吹き飛び、しばらくは猫を眺めては写真撮影に興じた。

そうこうしているうちに料理が終わった音がして(料理が終わる音ってあるんです。これで“しまい”という音がしっかりとある)、おじいさんがオムライスを持ってきた。

「はい。オムライス」

おじいさんはオムライスを渡すと、そのままストーブ奥の席にちょこんと座った。
その仕草があまりに自然で、僕はふと、ここが食堂であることを忘れかけてしまう。

「猫、可愛いですね」
「あぁ。可愛いよな。猫“は”」
ニッコリと笑いながらその猫を撫でる顔は、もう料理人ではなく、家の中の人の顔だった。

頭を撫でている猫を見下ろしながら
「こいつが一番人懐こくてなー。」
「え?他にもいるんですか」
「いるよ。今は3匹だ」

その回答を見計らったかのように、もう一匹の猫が奥からそろりと出てきた。
先ほどの猫とほぼ同じような模様をしたその猫はストーブの奥に行ったかと思うと、奥から僕を怯えるように見上げてきた。

あぁ。確かにそのおじいさんに撫でられている猫が一番人懐こい、と一人納得した。

会話を一通り楽しんだ後も、僕が食べている間おじいさんはストーブの奥のベンチに腰かけたまま、こちらを気にするそぶりを見せずに、ただテレビを見ていた。

食べ終わりかけの頃、ふとおじいさんの方を見ると、目薬を差していた。

その、目薬を差している時の喉の無防備さを見た途端、何の前触れもなく父親の姿が脳裏に浮かんだ。

父親は目が悪い。
1年前、目の手術をしたばかりだ。
今でも実家に帰ると、一緒にいる時間の間、一回は目薬を差している。

その光景がずっとどこか頭の抽斗にあったのだろう。
それが今、フラッシュバックして眼前に現れた。

ただ、父親の顔が浮かんだだけだ。
それなのになぜだか、胸の奥をぎゅっとしぼられ、目頭が急に熱くなった。

どうしてそうなったのかは分からない。
それが分からずに混乱しているところを助けるように、勢いよく僕の背後の入口の扉が開いた。

「おじいちゃん、今日はどう?」
入口から入った途端快活に声をかけるのは、おそらくこのおじいさんの娘さんなんだろう。

「あぁ。まぁまぁだ」
とのんびり返すおじいさん。

その光景が不思議と落ち着いて見ていられて、ぼーっと眺めていたら、その女性と目が合った。
ニッコリと僕に笑いかけ(1秒くらい)、さっとおじいさんに目を向け、二言三言言葉をかけて颯爽と奥へ消えていった。

テレビの音だけが響く店内で、いかにも困ったように微笑むおじいさんがそこに取り残された。

そしておじいさんはおもむろにストーブに手をかざした

ストーブにかざす皺だらけの手。
さきほどの目薬をしている時の首の細さ。
白髪交じりの長い髭。
そのすべてが人生の長い長い時間を経て作り上げられるものだ。

そこには人生があった。
そこには家族があった。
そこには故郷があった。

たぶん、故郷は自分の中にいつもあるんだと思う。

それは、きっといつかこんな時のために、現れる時をじっと待っているだけなんだとも。

今年の春は実家に顔を出すことにしよう。
今年も変わらず、たぶんそこに故郷はあるのだから。

そんなことを思い、コップに残ったビールを飲み干した。

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会計を済ませ、外に出た。
ビール一本で少し酔ったのか、幾分暖かい夜だと感じながらガラス戸を締める

「また来ます」と小さくつぶやきながら。

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