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CAFE SHOZOのある「通り」から見える地域の今とこれから

by Takapi
友達のようでいて 他人のように遠い
愛しい距離が ここにはいつもあるよ
ハナレグミ「家族の風景」

東京から車でさくっといける観光地那須。(なんだかんだ4時間位かかるけど・・)

2016.9.10
さくっと行ってきました。主な目的は1998 CAFE SHOZO だったが、せっかくなので他にもとアルパカ牧場ベーカリーカフェペニー・レインにも寄ってきた。

「SHOZO」と黒磯の「通り」について

多くのカフェ運営者の原点でもあり、憧れでもあり、目標でもあるそんな「SHOZO」の黒磯本店「1998 CAFE SHOZO」。

那須街道沿いにある、NASU SHOZO CAFEには3か月前に行き、居心地の良さとコーヒーとスコーンの美味しさで完全にノックアウトされて、その後は表参道のcommune246のショップに豆を買いにいくほど虜になっている。

いきなり話は逸れますが、珈琲が結構好きでいろんなコーヒーを試しているのですが今のところ、結構な差をつけてSHOZOのコーヒーが好きです(森のブレンドしか買ったことないけど)。
酸味が強いのが苦手なので、それもあるのかもしれないけどほどよいコクと苦みでずっと飲んでいられそうな位好きなんです。
かくいう今日も2杯飲んでいる。
そして何より豆が柔らかくて挽きやすい。二日酔いの朝にも優しいです。(味とは関係ない)

閑話休題。
車を走らせカフェを探す。
黒磯の通りにあることは知っていたが、突如として街の雰囲気も変わらずに「1998 CAFE SHOZO」が現れることにまず驚いた。

車を降りて、実際に歩いて一軒一軒を見ていけば、この通り全体が「SHOZO STREET」と化していて、おしゃれなインテリア雑貨店やアパレル店、マルシェ兼レストランやバーっぽい雰囲気のお店まであることに気付く。

通りといってもそれこそ数100M程度の通りで、全体が観光地化しているような雰囲気もなくて、昔からある理容室や洋服店なんかも一緒に並んでいる。それらがまたちょうどいい距離感で並んでいて居心地がとても良いいのだ。

いい意味で活気づいてもいないし無理もしていないことが僕を気持ち良くさせているようだ。

1998 CAFE SHOZOについて

(店内の写真撮影は禁止されているのでしていません)

2階がカフェになっている。
感想はtwitterの通りで、音楽の音量、テーブルや本棚などのアンティークなインテリア、光の量、席の間隔、コーヒーの味とトースト、スコーンの味。この場所を形成するすべてが兎に角計算され、行き届いていて、こんなに落ち着いていられる場所なんてそうそうないと思えるほどだ。

ソファやテーブルは同じもので揃えることはせず、それぞれが個性をもったたたずまいになっていて、次来る時ははどこに座ろうかとワクワクもする。
落ち着く気持ちと跳ね上がる気持ちが同居すること自体初めての経験だったと思う。

気付いたことは、従業員が多いこと。
殆どが若い方で、それでいてアルバイトのようには見えない。将来カフェ運営を目指しているか、黒磯に移住してきたかのような雰囲気が出ていた。それがまたこの場に好感を持たせる。

働いている人の熱量は自然、街のエネルギーの源になる。
それが初めて来た人にとっては何よりの安心感だ。

そんな彼ら彼女らが常連さんとの会話で場をあたため、それでいて観光客を排除しない場のなせる妙もあって、店を出る時には、良いを通り越してもはや住みたいと思えるまでになった。

黒磯の西通りを象徴する「Chus(チャウス)」

Chusは比較的大きな店舗だ。
扉を開ければ、僕の大好きなハナレグミの歌が流れていた。

ここには"大きな食卓を囲む"というコンセプトのもとに、朝市を日常的にたのしめる「MARCHE(直売所)」、その食材を 使った料理をたのしめる「TABLE(ダイニング)」、そして魅力あふれる那須の旅の拠点にできる「YADO」という3つのコンテンツが揃います。
「Chus」HPより

マルシェでは、現地でとれた有機野菜など地産のもののほかに、ほぼ日の「カレーの恩返し」東京代々木八幡のPATHのジャムが置いてあったりして意外と東京感があった。

とかく地域の物産店はその地域だけに置くことを優先してしまいがちで、それはそれでその地を知るには良いのだけれど、そうなるとお店そのものもサービス然としてしまう。

サービス然とすることのリスクはいつまでもお客さんが一見さんになってしまう点だ。

地域の物を扱うのであれば地域の人が定着させる方が先で、だから、扱う物についてはお店の考えが反映された方が良いと思っている。
が故にこのお店の「地元と他のエリアをリンクさせるやり方」は好感が持てたし、一見さんの僕でもすぐに馴染むことができた。

ここChusのランチ時は、地元のファミリー層が多かった。そういう地元の雰囲気に一時同じ空間にいるのもなんだかほっとする風景に見えた。

まずはお店をやる理由があって。
その理由に地元の人が賛同して。
賛同したエネルギーが地域の魅力となって観光地となっていく。

それはとても持続可能なサイクルに見えた。

癒しのアルパカ牧場

ここは写真だけで。癒されてください。

400頭近いアルパカだけでこの牧場は成り立っていて、10分ほどのんびりしたアルパカだけを見ていると、だんだん自分が夢遊病になった気分になってくるから不思議。
何も考えたくないときには間違いなく行くと良い場所だと思う。
(ちなみに鳴き声は羊のような感じです)

那須のメイン観光「通り」にほど近いベーカリーペニーレイン

人気とは聞いていたが、ここまで混雑しているとは思わなかった。
完全に観光地化されていたし、それでいて地元の方にも愛されているような印象を受けた。

レストランで昼食を食べ、パンを買って帰ったけれど、美味しいとは思ったもののまた行きたいかと言われれば唸ってしまう自分がいる。
あの場所はなんだか急がせる雰囲気があり、全体的に色んな意味で大味だった気がする。

といっても料理は美味しいのは確か。
だから何がそう思わせるんだろうと思ったけど、やはりどんな場所にも限度というものはあって、ある一定ゾーンを超えて人が集まると少しくたびれて見えてしまうようだ
ここに関しては、混雑時に行ったので、空いているであろう平日の朝とかに行ったらまた感想は違うかもしれないけど。

「寂びれる」通りと「賑わう」通り

帰り道、高速に出るために那須街道を車で走らせながらひとつ気づくことがあった。

看板すべてが茶色なのだ。セブンイレブン等のチェーン店から、観光スポットまでが茶色だった。調べれば条例でそうなったらしいが、僕はそこに少しの寂しさを感じた。

もちろん景観を守ることは大切だし、そこに向けて動かれている方は素晴らしいと思っている。

ただ、景観とは何かというと、これは完全に外に向けた施策のことだ。

外というのは観光客が一番想定されるであろう。
看板を同一にするということはその中にある店、ないしは人を一緒くたにすることをよしとする方針がどうしても見えてしまう。
中をないがしろにしているのではないかと勘ぐってしまうのだ。

内情は知らないので本当は違うのかもしれないけど。そんな気がしてしまって、それが僕を寂しくさせた。

たかだか看板かもしれないけれどこういうところから綻びが出ることもある。

その一つが、統一されたスポット群には、ペニーレインのような人気店もあれば、その店がやっているのかつぶれているのか分からないような場所もあること。

統一されたトーンで見せられることで、ひとつの寂れたお店の存在が全体の雰囲気を出してしまう。こうしたちょっとしたシミみたいなものは観光客に残りやすい。心に残って広がって行ったときに「寂れた」という感情に結び付くのだ。

NASU SHOZO CAFEはいつも満席のようだけれど、その対面や隣にある店はどうなんだろう。

そしてこうした観光地が集まった場所は観光として特化されている分、地元との根付きも薄く、一度来る人が減れば一気に寂びれていくといったことが起こり得る。
それは最悪のケースである。

黒磯の「SHOZO STREET」と那須街道。

同じ通りでも、通りを作る「はじまり」が違えば街は違う姿になっていく。

どちらが正しいとか、そういうつもりはないのだけれど、黒磯の通りのもつ地元と観光客との距離感が僕には取り入れるべきバランス感覚のように思えた。

CAFE SHOZOのオーナーである菊地省三さんがCOLOCALで語られていた言葉で今日はしめます。

小さくてもいいから、自己表現してくれるひとがたくさん居てくれるといいんだよね。そうすると、自然と強い集団になると思います
COLOCAL「Local Action」
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