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根付くこと。馴染むこと。変わらずに変わっていく街下北沢

by Takapi

たとえば、30歳も過ぎたいい大人がスポーツを観て素晴らしいと感じる瞬間として、若い有望なアスリートが大躍進して飛翔する興奮以上に、ピークを過ぎたベテランが涼しい顔をして若い選手を手駒にする爽快感がある。

東京世田谷の下北沢は、言ってしまえばそんなスポーツ的な匂いのする街だと思う。

下北沢駅の地下化着手が3年位前。(もっと前?)
駅が地下化するということは元あった駅の場所(地上)は当然のことながら再開発されるということで、この件について、立場は違えどいろんな人が言及していたが、一番多い声は「憂い」だったように記憶する。

昔から馴染んでいた街が消滅する。
昔から根付いていた文化が消滅する。

そんな声が大半だった。

僕と言えば、そんな下北沢とは特段思い入れがある関係でもなく、時たまふらっと散歩に行くような関係だった。
(当時住んでいたのは経堂豪徳寺の間。そしてどうでもいいけど下北沢ってなんだか“人”感ありますよね。“関係”という言葉を使うあたり)

特に最近は、夜ごはん食べに行く程度で昼間はほとんど行ってなかった。
そんな関係だったのだが、今週久しぶりに昼間の時間を歩いてみた。

きっかけとなったのは下北沢カレーフェスティバルという極めてミーハーなもの。

余談ですが、このカレーフェスティバルについて。

初めて参加したのですが、想像以上に取組の規模が大きい上に、相当な本気度で取り組んでいることに驚きました。

何よりカレーをテーマにしてるあたり、僕的にはど真ん中の取組でした。

「疲れ」というのが「身体」と「心」両方からくるものであるならば、カレーは心が疲れた時にこそ力を発揮する食べ物だと思う。
何がそうさせるのか、分からないけれど、食べ物の中で一番の正義は今のところカレーのようだ。(あくまで私感)

いただいたのは、46ma(シロクマ)のカレー。なにやらカレー選手権なるもので2連覇するほどの有名店。
お店の雰囲気もとても素敵だった。6席カウンターのみのバー。
常連さんがこの日だけお手伝いしているのもなんだかほんわかした。

余談の余談ですが、こういう取組はお祭感があって良いですね。

普段なら素通りして入らないようなお店が、こういうイベントとなれば、門戸を開き、交流をするのは町の活性化には良いのかなぁと。

お店側も主催者側も本当に大変だと思うし、気乗りしないお店もあるだろうけど。

下北沢ほど大きい町だと東京全体にこの取組みが波及して人が大挙してしまうけど、もう少し小さな町で若い人を取り込んでいるようなところは、大手チェーンを入れて利便性を上げるよりこういうイベントをやった方が良いと思う。

新陳代謝の高い街

閑話休題。(余談の方が長くなりそう)
それで、久々に下北沢を昼間に歩いてみた感想が、冒頭のスポーツの件だ。

新しいお店が出来ているところもあれば昔からある店があって、それが一軒一軒隣同士で並んでいる。まるで2世帯住宅ならぬ2世帯通りだ。(3世帯くらいかも)

しかしながら、新しいお店だけが軒を連ねるという現象はここにはない。
流行という言葉があまり通用しない。開店して数年の新しいお店もバンバン潰れている。

そこが面白い。なにがそうさせるのか分からないけど、おそらくこの街は人と街の距離が極端に近いのだと思う。
だから、居心地の悪い店には、それが流行だろうとお構いなく背を向ける、そういうことができるのだろう。

高架下にできた期間限定の「下北沢ケージ」。
そこは既に若者が10人くらいタムロして談笑している。
その通りのすぐ先には、30年前以上からある喫茶店トラワ・シャンブルでゆったり寛いでいる人たちもいる。

そういう街は街全体が呼吸しているような気分になって、不思議と心地が良い。

確証めいたことなんて言えないけど、そこに集う人それぞれ思い思いの「憩い」というものがあって、それをしっかりと受け取りつつ、一緒に作り上げて成り立つ場所というものがあって、それが連なって街全体の「心地の良さ」に繋がっていくんだと思う。

おそらくこれからも街は変わらずを得ない。それは下北沢も同じだろう。
けれど街を作るのは建物ではなくて、そこに根付いた人たちとそこに馴染みをもった人たちだ。
そんな人達がいる限り、きっと下北沢は下北沢であり続けるんだと思う。

また、来よう。ゆっくりと、歩幅を緩めて。

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