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また行きたいと思えるお店と遠のかせるお店の境界線

by Takapi

「今日は奥さんはおうち?」
「友人と遊びに行ってますねー。」
「そりゃいい関係だ。がはははっ!」

毎週末の朝、こんなやりとりをしている。
近くのクリーニング屋さんのおばさんと。
不思議とこのやりとりが心地よくて、近くに安い店舗ができても誘惑すら感じずに、ずっと通い続けている。

心地の良い場所ってなんだろう。
ずっと通いたくなる場所ってなんだろう。

それが今回のテーマだ。

先週後半から今日までの数日間でも4つほど新しいお店(食事処・喫茶)に行った。
すべて都内。でもその4つのお店のうち、また行きたいなと思ったお店はひとつだけだった。
その差は何に由来するのか、お店それぞれの雰囲気、味等を思い出しながら考えてみた。

結論から言ってしまえば、当たり前だけれど、心地よさの一点になるなぁと。
では、その「心地良い」と感じさせるものはなんなんだろうと。と考え始めたら、冒頭のクリーニング屋さんのおばさんとの会話を思い出して、「あぁこういうことかもなぁ」と思ったんです。

※以下、個人的見解です。

心地の良いお店吉祥寺「カヤシマ」

今回の4つのお店の中でまた行きたいと思ったお店は「孤独のグルメ」でも登場した吉祥寺のカヤシマ

店内の撮影はなんだか憚れたので写真は撮っていないが、一言で言えば、ザ・昭和の食事処(兼喫茶兼居酒屋?)のようなお店。
ご飯も、懐かしい家庭的な味だった。肩肘張らない町の食事処といった風情だ。

まず、お店に入ってすぐ気付くのはお客さんの半分位が常連さんであること。
「いつもありがとうございます」
「今日“は”あいにく満席でして・・またお待ちしてます。」
そういった声が行き交っている。それでいて、初めて来ているようなお客さんも数える程度にはいる。

常連さんがいる=地元に馴染んでいる
初めての人がいる=僕も入っても大丈夫そうだ

まず、このバランスが安心感をもたらしてくれた。

店員さんとのやりとりで印象に残っていることがある。

中に入り、メニューを見て決めあぐねていたら、常連さんらしき方が隣に座った。
「メニューちょっと借りますね。」とお母さんのような店員さんがさっと僕の持っているメニューを持っていって、隣の常連に「日替わりランチ」の部分だけ見せて5秒程度でオーダーをとり、僕の手元に「ありがとうございました」の声とともに戻してくれた。

きっとこの常連さんはいつも日替わりランチを頼む人で、すぐオーダーが取れることをわかっているからこその機転をきかせたアクションだと思う。

この体験がますます心地よくさせてくれた。

初めて入ったお店で、常連さんが腰を落ち着けているのを見るのは気持ちがいい。

そして常連さんとお店との信頼関係を目の当たりにして、初めて来る僕らは少しだけ背筋を伸ばすのだ。そのちょっとした弛緩し切らない適切な距離感を持っているお店はすごく好感が持てる。

こんなところが、このお店にまた来たいと思わせた所以です。

反対に多分もう行かないんだろうなぁと思ったお店はその他3つなんだけど、なんでそう思ったのか(お店の名前はあげません)を整理してみた。

過剰な効率とマニュアルが徹底された「のっぺらぼう店」

ひとつは、六本木ヒルズの中に入っている定食屋さん。接客も申し分ないし、お店の雰囲気も清潔だし、料理の盛り付けも味も良かった。
それでもよっぽどのことがない限り、そのお店を選択肢にあげることはないんだろうなぁと思った。

理由はひとつで、そういうお店は他にも沢山あるから。

マニュアル化された接客。
マニュアル化された調理。
マニュアル通りに綺麗にされた店内。

そういう画一化されたものは一時の満足は得られても次の日には何も残らないことが多い。
(実際に店名すら憶えていない)

こののっぺらぼう店舗に対して「もう次は来ないかなぁ」、と思ったやりとりがある。

僕のすぐ横に座った僕よりだいぶ年下であろう若い5人組と、その隣の母娘の二人組。

若い人とご年配の方の食べるものは変わってくることは想像できる。それでも、
「季節のオススメは●●です」と同じメニューをロボットのように繰り返すのを見た時に「もういいかな」と思ってしまった。

こういう接客は、効率という言葉だけが残り、客である僕もその一部に組み込まれているように思えてしまうのだ。

話は少し逸れるが、効率を追い求めるサービスと、それを当たり前だと勘違いしてしまう客との共犯関係は結構根が深いと思う。

最近よく耳にする「切れる客と店員」の問題も根本はここだと思う。

供している商品に酔ってしまう「ナルシスト店」

2つ目は、表参道にある、僕が運営しているメディアでも取り上げたコーヒー店。
テイクアウトと店内利用ができるお店なんだけど、ここは兎に角店内が騒がしかった。

お客さん同士の席の距離間が狭いことで筒抜ける会話、声が聞き取れないほどのBGMの音量、なぜか壁一面にある鏡。

それらすべてがわざとこの空間で落ち着かせないようにさせているんじゃないかと思えるほどだった。

コーヒーはおいしかった。そしてバリスタは、カウンターの向こう側で恍惚な表情で(バイアスかかってます)コーヒーを入れ続けている。

自分の供しているものが「絶対だ」と思っていると多分に自分本位になってしまうもの。おそらく店員さんは、お客さんの座る同じ環境でコーヒー飲んだことないと思う。(おそらくだけど)

人気店が故の苦悩「ネタ消費店」

3つ目は、女性向けの雑誌や書籍でもよく取り上げられている有名純喫茶。
雰囲気も良い、珈琲も美味しい、スイーツも手作りされている感じがして好感が持てる。

悪い所はひとつもなかった。
しかしながら、そこにいるお客さんの殆どは、寛ぐでも、美味しいものを味わうでもなく、それをSNS等で誰かに伝えるために来店していることが分かってしまったこと。

つまり、そのお店に来ることそのものが目的になっていることが分かってしまうお店だ。

そして人気がある店なので、入口付近に並んでいる人が見えてしまっていて、それが余計落ち着かない気持ちにさせた。

結局そこには30分も滞在せずに出てしまった。
(しっかり僕も写真を撮ってはいるがww)

また行きたくなるお店と1回しか行かないお店の境界

のっぺらぼう店、ナルシスト店、ネタ消費店の3点がどうやら「また行きたいお店」とそうでないお店を分かつ境界線らしい。

効率やマニュアルは悪いことではないと思うし、自身の出す商品に自信を持つことも大事だと思う。

思うけど、まずは「誰に」向けたモノで、「誰が」「どういう思いで」届けるのかをまずお店やサービスづくりの前提にしないと、お客さんが定着せずに一見さんをひたすら相手にすることになる。
結果として非効率なことを強いられるようになると思う。

非効率とはつまり「お金」で人を呼ぶということだ。
ここから先の話はもう語るに落ちるというもの。

人気が故に、というのは、メディアをしている立場からするとすごく心苦しい。
たまに、取り上げられたことを嘆く読者の方も結構いて、そういう声を聞く度に申し訳ない気持ちになる。
この点については、これからも大きな課題です。

まとまってないけれど、書き出した時点から全然違うゴールになり、大きな課題が見えてきたところで終わりにしたいと思う。

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